年の離れた兄が、私を養うために仕官したのはひとつ前の春のこと。
兄以外に家族を知らない私は、片田舎で近所の人たちに助けられてどうにか一人で暮らしていた。
兄は、元気にしているだろうか。
畑仕事の手を休めて空を見上げては、優しいやさしい兄のことを思う。
今日もまた、都で買ったという綺麗な緋色の着物を送ってくれた兄のことを考えていた。
兄はずいぶん趣味が良くなったんだな、と思ったその時。
『すまない。人を探しているんだが、尋ねても良いか?』
鈴を転がすような美しい声。
天女様のような美しい顔に、艶々とした御髪。
天女様は男物の民族衣装を着ているから、男か女かはわからない。
ただ、白馬に乗ったそのお方は、とても上品な身分であろうに気さくに話しかけてこられた。
『この村に十四歳になる娘が暮らしてると聞いたんだが』
「その年頃の娘なら、何人もおりますだ」
ひどく訛った言葉遣い。
こんなにも美しい人の前なのに、と頭に血が昇る。
けれど天女様は軽蔑した風もなく、優しく笑いかけてくださった。
『身内は兄が一人だけで、その兄は都で士官しているはずなんだが』
「それ、おら……私の兄ではないでしょうか?」
『そうなのか?それなら話が早いな』
「話って……「百花王さまーぁっ!」
私の声を遮ったのは、見まごうことのない、大好きな兄の悲鳴。
慌てて馬を走らせてくる姿は、やはり兵士なのだなと思う。
「百花王様、急にお一人で駈け出さないで下さい。貴方様の愛馬には追いつけません」
『お前の愛しい妹君を早く見てみたかったんだ。それに嬉しい話なら早く知らせるべきだろう』
百花王様、都からの噂話で聞いたことがある。
あまりにも美しいお顔を隠すため、戦の際はその美貌を隠してしまうそうだ。
お美しいだけでなく、とても博識で武に長けた将軍様でいらっしゃるとか。
「……まさか、兄様の仕えている方って」
私の声に、兄がこちらを振り返る。
いつまで経っても変わらない、あの優しい笑顔。
「そうだよ。このお方が、我らが将軍である鴻霖貂蛉様だ」
「花王将軍様……でございますか?」
「ああ。俺がお前を田舎に残してきたといったら、その妹も都に迎えろと言って下さったんだ」
『この世に二人きりの兄妹なんだ。離れて暮らすのは良くないと思ってな』
そいう言って天女様……百花王様はとても美しく笑われた。
この方にも生き別れの姉君がおられるのだと聞いたのは、この方のお屋敷で働くようになってからのこと。
あれから何度春が訪れようと、初めて会った時と変わらず、鴻霖様はお美しい。
(鴻霖の部下とその妹の話。緋色の着物は鴻家で一番高価なものだったりする。)