ひとつ、俺の身の上話でもしてみせようか。
俺は元々長安の奴隷市場で実姉と二人、売られていたんだ。
姉上か?本当に美しい女人だったよ、貂蝉といえば有名だしな。我が姉ながら、本当に素敵な人だった。
ちょうど、空が恐ろしいほどに青い秋の日だった。最初の義父である王允様が、俺と姉上を買ったんだ。
裕福そうな身なりをしていたから、最初は羽振りのいい妓楼の主人かと思ったよ。だけど、俺に付けられた値段が凄くてな、屋敷一つ分くらいだった。
そんな、常人なら怯むような値段の俺と姉上を二人一緒に買った王允様は凄いと思う。その当時は、王允様が宰相だなんて知らなかったしな。
とにかく俺たちは豪奢な駕籠に一人ずつ乗せられて、辿り着いた先は大きな屋敷だった。
綺麗な服を着た侍女が居て、廊下の柱まで輝いてた。俺が萎縮して姉上の後ろに隠れたくらい、今までとは別世界だったんだ。
俺と姉上を家に迎え入れた記念だと言って、王允様は紅白の牡丹を庭に植えた。思い出の花だから、俺は牡丹がこんなにも好きなんだと思う。
董卓様のこととか、呂不殿や姉上と生き別れたことについては省かせてもらうな。張遼殿と知り合ったのはこの時なんだ。
孤独になった俺は諸国を放浪して、いろんな武芸や学問を身に付けた。おかげで金にはそこまで苦労せずに済んだ。
そのまま目的もなく旅を続けて、その頃白馬寺には盗賊が出るって聞いていたから、懸賞金目当てで盗賊退治をしようと思った。
狙い通り盗賊は退治したわけなんだが、そのとき賊に襲われていたのが今の義母と洛……甄姫様の御母堂でな。
二人は姉妹で、そう、だから俺と甄姫は義理の従兄弟にあたるんだ。二人とも、甄姫様とよく似て美人だぞ。
俺はその二人を助けて、家まで送り届けた。幸運なことに、小奇麗な身なりはしていたから怪しまれることもなかった。
俺は義父と、甄姫様の御尊父の甄逸様にものすごく感謝されたけど、俺は早く役所に行って賞金を貰いたかった。
けれど義父は俺を夕餉に招いて、宴まで開いたんだ。あんなに豪華な夕餉は、董卓様と暮らしたとき以来だった。
そのまま引き留められつづけて、俺は隙を見て逃げようかと思った。たかが愛妻の恩人にここまで謝礼をする商人なんて今まで聴いたこともなかったし。
その日の夜中だった。いきなり義父に、自分の養子にならないかと言われた。
夕餉の最中に俺の口上や仕草を審査していたらしい。鴻家の跡を継ぐに相応しいかどうか、なんて勝手に量られてもな。
まあ、結果的には今、鴻霖貂蛉としてこの場に居るわけだが。
甄姫様と初めて会ったのはその後なんだが、当時も今も、彼女は本当に箱入りのご令嬢だった。
望んで手に入らないものなんて無かっただろうし、それこそ后になるための英才教育を徹底的に施されていたよ。
そんなお姫様だったのに、運悪く彼女の周りには同世代の子供が居なかった。だから義父も、よけいに俺を養子にする気になったんだろうと思う。
甄姫様はまるで猫のようで、芯の強い女性だから、最初は打ち解けるのに苦労したよ。
商人、武将の両方で宮中に召抱えられたのは快挙らしい。腕には自信があるが、昔から戦の停戦交渉をしたりするのは商人の役目だからな。
味方も敵も、できるなら無駄な血を流さずに越したことは無いだろう。だから俺はその為なら暗殺でもなんでもするし、これからもそれは変わらない。
俺やお前の働きぶり、つまりは兵站や斥候の優劣が戦の勝敗を決することになる。だから俺は十分に働き甲斐があるよ。
得物に毒を仕込むのも、素早く確実に敵方の武将をしとめるためだ。時間が長引けば、それだけ血が流れる。
もっとも、俺たちは後方支援に回っているから前線には出られない。だからこそ、間諜の方でお前たちに活躍してもらっているんだ。
そういえばお前たちは、俺が戦場で顔を隠しているか気になっているそうだな。おいおい、そんなに謝らなくても責めるつもりは無いから安心しろ。
まことに不本意だが、俺の容姿は少し背の高い女といっても通る。女装をさせたら、それこそ本物の女に見えるのは……まあ自分でも認めている。
ただでさえ普通に男の格好をしていても男に見えないと言われるときがあるんだ、戦場で敵方に軽視されたくないんでな。
早い話が、女顔を隠すために隠しているんだ。さすがに不審者にならない程度で隠しているんだがな。
俺は、配下には身分を問わず、能力如何で召抱えているものが多い。兵站も斥候も能力が問われるからな。
だから農民でも他の隊の武人より優秀な者は居るし、俺なりに大切にしているつもりだ。みな良く働いてくれて、俺はすごく頼りにしている。
俺は素面だと愛想の欠片もない男だが、別にお前たちを嫌っているわけでもなんでもない。これが地なんだ、それだけは解ってもらいたい。
他に聞きたいことは無いか?そうか、なら次はお前たちの話を聞かせてくれ。
(酒宴にて、上司と部下の会話。鴻霖は割と部下には開けっぴろげで、部下もそんな鴻霖を慕っている。)